「人生で一度は本を書いてみたい!」
そう感じている人は、世の中にそれなりいるような気がします。
私自身も、
「一生のうちに一度くらいは」
と思ってしまいますね。
実際に仕事をしながら執筆活動をしている友人もいます。
今回は、そうした人に読んでもらいたい一冊を紹介します。
百田尚樹さんの『夢を売る男』です!
読んでいて、
「小説家なのにこんなこと書いちゃうの?」
という衝撃を受けました。
でも面白い。
現代の出版業界の課題や問題を散りばめつつも、ユニークな表現でにやりとさせるものがあります。
あらすじ
本書にはこうあります。
懐かしい自分史を残したい団塊世代の男。スティーブ・ジョブスに憧れるフリーター。自慢の教育論を発表したい主婦。本の出版を夢見る彼らに丸栄社の敏腕編集長・牛河原は「いつもの提案」を持ちかける。「現代では、夢を見るには金がいるんだ」。牛河原がそう嘯くビジネスの中身とは。現代人のいびつな欲望を抉り出す、笑いと涙の傑作長編。(百田尚樹『夢を売る男』より)
主人公は、牛河原勘治。
丸栄社という出版社の編集部長を務めています。
物語は、牛河原が小説家志望の男性と会うところから始まります。
男性と会う前に、部下からどんな人と会うのかと問われ、
「太宰の再来だ!」
「五十年に一人の天才だ!」
と答えます。
実際に男性に対して、
作品に感動した!
素晴らしい小説である!
この小説を世に出したい!
と褒めたたえ、男性も、牛河原の言動に感銘を受け、その場で出版の契約を交わします。
次に牛河原が会うのは、絵本作家の中年女性。
二冊目の絵本を出版する予定の相手です。
牛河原は、
一冊目の作品はとても素晴らしかったのに、売り上げが伸びずに申し訳ない!
と女性に謝罪をし、これから刊行する二冊目がいかに素晴らしいかを女性に熱く語ります。
女性も、一冊目と二冊目の違いを話し、満足そうに丸栄社を後にします。
次に会うのは、写真と詩の本を出版する予定の……。
といった具合に、牛河原は編集部長として大忙し。
顧客の作品を言葉巧みに褒めたたえますが、部下には、
「あれは小学生レベルの小説だ」
と本音を語ります。
この丸栄社という出版社は、”ジョイントプレス”という仕組みを導入しており、出版社と著者費用を折半して本を出版しています。
丸栄社主催の新人賞に応募してきた人に、
「大賞でないので、本来は本にすることはできないが、こういう方法なら世にあなたの作品を送り出せますよ」
と連絡を取り、契約に結びつけています。
しかも、実際に本を作るのに必要な金額の何倍もの見積もりを出します。
そのほとんどが出版社の利益になるという。
出版業界は本を出しても赤字になることが多い。
でもこの方式なら、出せば出した分だけ確実にもうかるというものです。
もうぼったくりの詐欺出版社ですね。
その後も、様々な顧客と契約をしていきます。
人間の自己顕示欲や、自尊心を上手に煽り立てる牛河原が見ていて楽しいです。
『小説家の世界』という章で、牛河原が部下と焼き肉を食べながら、出版業界や小説家に対する見解を辛らつに語って聞かせる場面があります。
実際に、書店の数もここ10年くらいで5000店舗以上潰れているんですよね。
活字の本を購入する読者が減り、小説だけで食べていける人もかなり少ないようです。
そこでは、ふだん知らない出版業界の裏側が垣間見えた気がします。
百田さん自身が小説家なのに、
「小説を書く奴はどこかおかしい」
とこき下ろしており、どういう気持ちでこういった内容を書いたのか気になります。
小説の後半では、台頭してきたライバル会社との争いもあり、読む手が止まりませんでした。
本書で気になったセリフを紹介

『チャンスを掴む男』という章。
牛河原は、小説を書いた男性に、小説を出すには百四十七万円を負担してもらう必要がある、しかし、売り上げの10%は印税で入るから一万部売れば元は取れると男性をそそのかします。
男性が契約をすると決めたあと、友人たちと飲んでいるときのセリフです。
「俺はこう考えたんだ」と雄太郎は言った。
「もし百四十七万円が惜しくてやらなかったら、俺は一生後悔することになるとね。」
佐々木が「オーバーだよ」と言った。
「オーバーじゃないね。『チャンスは前髪を掴め』って諺を知ってるか。チャンスの神様というのは、前髪だけ髪の毛があって後ろはつるっぱげなんだ。一度通り過ぎてから、掴まえようと思ってももう遅い」
目の前のチャンスを逃さず、飛びつくことは確かに大切だなと感じされられます。
まぁでも、おそらくこの男性は、まんまと牛河原の思惑にのって大損をするんだろうなと思いましたが。
チャンスは逃さず勇気を出したいけれど、現実は冷静に見つめなければですね。
次に、『君はやればできる子なんだから』という言葉についての牛河原のセリフ。
「本当にその言葉を使っていいのは、一度でも何かをやりとげた人間だけだ。何一つやったことのない奴が軽々に口にするセリフじゃない」
けっこう耳の痛いセリフです。
「俺はやればできる!」
と、やりもしないでずるずると停滞してしまうことはよくあります。
私自身もそうして過去を過ごしたことがあります。
行動していないのにこの言葉を使ってしまうと、言い訳以外の何物でもないですね。
終わりに
本書は、単純に小説としても面白かったですし、それ以上に出版業界や、小説家について知ることができたのが良かったです。
百田さんの、『永遠の0』や『海賊と呼ばれた男』のような作品も好きです。
でも、それに負けないくらい本書も系統は違うものの、学ぶことの多い一冊です。
自身の夢というものにも改めて目を向けるきっかけとなりました。