小説

東野圭吾のおすすめの一冊。『手紙』のあらすじとこの本が教えてくれること

東野圭吾さんの作品は、ほとんど読んできました。

この作品はその中でも特に私がおすすめする一冊になります。

 

今日紹介するのは、東野圭吾さんの『手紙』です!

 

『手紙』は、2003年に単行本として発売され、2006年には文庫本となりました。

発行部数は240万部を突破している名著です。

 

『手紙』のあらすじ

獄中にいる兄・剛志から弟・直貴に毎月一通の手紙が届く。

 

『手紙』の主人公は、”強盗殺人犯の弟”である直貴です。

 

剛志と直貴は、父親を直貴が3歳の頃に事故で亡くします。

母親が二人を育ててきましたが、剛志が高校生の頃に母親も倒れ帰らぬ人に。

 

他に頼れる親戚もいなかったこともあり、剛志は高校を中退して働きながら二人の生活を支えてきました。

 

直貴は成績が優秀でしたが、経済的事情から大学進学を諦めようとしていました。

でも弟に何とか大学に行ってほしい剛志。

直貴がお金の心配をしなくていいようにと、直貴の学費を得るために盗みに入ることを決意します。

 

盗みに入ったのは、剛志が引越しの仕事をしていたときに知った資産家の老婦人の家。

忍び込んだ先で、剛志はお金の入った封筒を見つけたあと、老婦人に見つかってしまい、衝動的に殺してしまいます。

 

裁判の結果、剛志は懲役15年の実刑判決。

それから先、直貴の人生には、”強盗殺人犯の弟”という事実が重たくのしかかります。

 

通っていた高校で孤立し、進学も断念。

音楽に夢をみますがそれも諦めることに。

恋愛や就職でうまくいきそうになるたびに、”強盗殺人犯の弟”であることが、直貴から幸せを奪っていきます。

 

犯罪加害者の家族に対する周囲の冷たい目や偏見。

ときには悪意にもさらされます。

 

剛志からは、毎月一通直貴のもとに手紙が届きます。

最初の頃は、返事を書くこともあった直貴ですが、徐々に返事もしなくなり、手紙を読もうともしなくなります。

 

直貴の剛志への思い、直貴を取り巻く様々な人たち。

そして加害者家族が抱える苦悩と、その中でも必死に生きようとする姿。

人との絆を考えさせられる一冊です。

 

2006年に映画化、2018年にスペシャルドラマ化

私もこの『手紙』がとても好きで、何度も読んでいます。

2018年の冬にスペシャルドラマ化されるということで、久しぶりに読み返してみました。

このドラマは亀梨和也さんが主演で弟の直貴を演じます。

 

2003年に『手紙』が出版されたときは、まだSNSも今ほど普及していないときでした。

当時でも、被害者や加害者の身元というのは、世間に知られていました。

それが、今の時代に合わせてドラマ化されるとなると、加害者家族の苦悩は当時よりも更に重たいものがあるように感じます。

どういった作品になるのか今からとても楽しみです。

 

 

2006年11月には映画化もされました。

山田孝之さんが弟の直貴、玉山鉄二さんが兄の剛志を演じていました。

沢尻エリカさんや吹石一恵さんも出演していました。

 

映画版の『手紙』も原作とは違う点がいくつかありました。

音楽に夢を見るところが芸人を目指していたり、原作では手紙の中でしたほとんど出てこない剛志の存在感が大きかったり。

原作とは違った味わいがあっていい作品でした。

 

もしも自分の身内が加害者になったら

『手紙』を読んでいると、

「もし自分が直貴の立場だったらどうしていただろうか」

と考えさせられます。

 

自分がしたことではないのに、周りからは犯罪者の家族として見られます。

 

それまで仲の良かった友人からも距離を置かれてしまう。

学校側は、暗に中退してはどうかということを臭わせてくる。

それだけでも投げやりになってしまいそうです。

 

就職活動をするときもそうです。

家族のことを正直に話すことができるでしょうか。

一生隠し通すことなんてできません。

それが原因で就職が決まらなかったその家族を恨まずにいられるでしょうか。

 

もし、親密な関係の女性ができたときに打ち明けることができるでしょうか。

逆に、もし相手の兄弟や親が犯罪者であったら、事情はどうあれ一歩引いた気持ちになってしまうかもしれません。

そう思うと、もし自分が直貴の立場であったらやはり言えないのではないかと思います。

 

これは本の中だけの話でもありませんよね。

実際に報道はされていなくても、加害者の身元はすぐに明かされ、ネット上にあっという間に拡散します。

加害者家族に落ち度はなくても、そうは見てくれないことが多いと思います。

 

もしも周りに加害者がいたら偏見を持たずにいられるか

自分の周りに加害者もしくは、加害者家族がいる。

そういう可能性ももちろんあります。

もしそれを知ったときに私は偏見を持たずにそれまでと変わらない接し方ができるでしょうか。

 

これはとても難しいことだなと思います。

一見変わらないような態度で接しながらも、少しずつ疎遠になるような気がします。

 

その人が悪い人ということではないのだと思います。

でも、そうした関わりがあることに抵抗を感じてしまう気がします。

 

本書の中で、直貴が働く職場の社長が差別は当然であると言います。

これは、直貴が”強盗殺人犯の弟”であることが発覚したあとに部署を替えられたことに対しての発言です。

 

社長は、直貴自身が悪いわけではないが、職場の他の従業員は直貴に気を使うことになる。

それは、職場として正常な状態ではないとのことです。

そのためにその原因となった直貴の部署を移動させるのは当然の行為であると。

 

でも一方で、直貴自身で一つ一つ、糸を手繰り寄せるように絆を、繋がりを培っていくように励ましています。

 

一般的に、他人に対して偏見を持つことはよくないと考えます。

でもそれが現実に自分の側に来たときに、偏見を持たずに済む人はどれくらいいるのでしょうか。

『手紙』を読んでいると、何度も、自分だったらどうなのだろうかと自問自答させられます。

 

終わりに

『手紙』は、私たちにたくさんの問いを投げかけてくれています。

その中には、内心気づいていながらも、見ようとしてこなかった部分もあります。

 

それらはきっと、答えがない問いです。

一生、誰もが考えながら、そのときの自分の答えを出し、行動するのだと思います。

 

例えば偏見ついて。

例えば生き方について。

例えば家族との関係について。

 

この本から投げかけられるどの問いに対しても、正解がなければ不正解もない。

でも、考えることを放棄することはきっと間違っているのだと思いました。

 

もしまだ、『手紙』を手にしたことがない人がこれを読んでいたらぜひ一読してみてください。

そして、そこから自分自身に投げかけられる問いに対しての答えを導き出していってほしいと思います。

 

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